【刑事】刑の一部執行猶予(主に薬物事犯)と弁護活動

 刑の一部猶予制度(主に覚せい剤取締法違反等、薬物事犯)については、弁護活動上の注意点に加え、矯正・保護観察等における処遇の具体的内容についてもイメージを有しておくことが重要と思われます。

 さらには、本人がどのように社会復帰し、地域で生活し、回復していくのかについても、最新の情報・知見をアップデートしておくことが重要と思われます。

 以下では、弁護活動のポイントに加え、参考になる文献を紹介いたします(随時更新)。

弁護活動のポイント

刑の一部執行猶予の意味内容について本人に説明し、本人の意向を確認する

 刑の一部執行猶予が付された場合、早期に社会に出られる可能性がある一方で、薬物事案の場合必要的に保護観察が付されることになります(薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関する法律4条)。
 
 例えば、「被告人を懲役1年8月に処する。その刑の一部である懲役4月の執行を2年間猶予し、その猶予の期間中被告人を保護観察に付する。」という内容の判決がなされた場合、全部実刑判決に比べて4か月早く出所することができます(仮釈放は考慮しません)。
 他方、出所後、2年間は保護観察に付されることとなり、保護観察期間中は、遵守事項を遵守したり、保護観察官・保護司との面談をしたり、保護観察所が策定するプログラムの受講等が必要となります。依存症からの回復には良い面もある一方で、本人にとっては負担となる側面もあります。
 
 そのため、刑の一部執行猶予に伴う保護観察期間中の遵守事項、制約、負担等について本人に十分な説明をして、方針を策定する必要があります。

本人に対し、治療に向けた意欲、動機付けを行う

 本人の治療意欲、更生意欲は、社会内処遇の実効性が期待できることを示すものとして刑の一部執行猶予制度の要件判断においても重要となります。
 治療意欲等については、一部執行猶予に服し、保護観察に服する意思があること等を被告人質問で語ってもらうとともに、例えば、保釈後に通院していること、薬物関係者との関係断絶を行ったこと等を行動面から明らかにしていくことが重要です。

本人の生活歴、薬物の使用歴等を確認する

 本人の生活歴、とりわけ本人が薬物に依存するに至った経緯、薬物など依存物質に関する個人歴等について、本人から聴取を行うことが重要です。
 必要があれば、前科記録の取り寄せ等も検討します。

社会内における薬物に関する治療歴・プログラム受講歴を確認する

 薬物に関する治療歴・プログラム受講歴の有無及び内容は、刑の一部執行猶予の要件判断においても重要となります。
 特に、専門医療機関での治療歴、ダルクへの通院歴等がある場合、なぜスリップ(再使用)に至ってしまったのかの原因を考察することが必要となります。

矯正施設(刑務所など)における薬物依存離脱指導プログラムの受講歴を確認する

 刑務所などにおいて、薬物依存離脱指導プログラムの受講歴がある場合、当該刑務所に弁護士法23条の2に基づく照会を行うなどして、プログラム受講歴を確認することも有用です。
 その際には、「刑務所内でのプログラム受講歴がある事案については、一部執行猶予を否定した裁判例もあるものの、肯定した裁判例も同程度あり、『覚せい剤の誘惑のない刑務所内における短期間(約1か月)のプログラムであり、一部執行猶予の相当性は否定されない』旨判示した裁判例もある。これらの裁判例によれば、社会内におけるプログラム受講歴ほどには一部執行猶予を否定する事情として考慮されていないようである。」とされていることを念頭に置く必要があります(樋上=永井=海瀬「刑の一部執行猶予制度に関する実証的研究」(判例タイムズ1457号5頁))。

再犯抑止に有用な社会的処遇・社会資源を具体的に想定し、調整する

 保護観察所の処遇プログラムに加え、医療機関への入通院、薬物依存克服のための民間の自助団体への入通所、専門の治療機関への通所等、有用な社会処遇方法が存在し、これらはいずれも仮釈放では実現し難いものであり、かつ、比較的長期間の処遇期間を確保することにより有用性が増すことを明らかにします(東京高判平成29年10月11日・判タ1455号88頁参照)。
 具体的には、専門医療機関、依存症リハビリ施設、自助グループ(NAなど)、精神保健福祉センターなどのフォーマルな社会資源に加えて、家族・友人・知人等、インフォーマルな社会資源についても、整理・調整を行うことが重要です。

一部執行猶予制度に関する文献

宮村啓太「刑の一部執行猶予制度の概要」(季刊刑事弁護87号)

弁護人の視点から、刑の一部執行猶予制度の概要や弁護活動上の注意点などがまとめられています。

樋上=永井=海瀬「刑の一部執行猶予制度に関する実証的研究」(判例タイムズ1457号5頁)

豊富な実例が掲載されています。弁護活動に取り組む際には、特に必読かと思われます。

瀬川ほか「特別座談会―刑の一部執行猶予をめぐって」(論究ジュリスト8号179頁)

立法趣旨への言及が厚く、立法趣旨にさかのぼった主張・検討をする際には参考になります。

小池信太郎「刑の一部執行猶予と量刑判断に関する覚書」(慶応法学No.33)

理論面についてまとまっています。
【ネット上で取得可能】
 慶應義塾大学学術情報リポジトリ(KOARA) - XooNIps (keio.ac.jp)

制度の運用・保護観察等に関する文献

薬物に関する専門的処遇プログラムの内容(平成30年版犯罪白書)

一部執行猶予制度の実情等を知るうえでは、保護観察の内容を理解することも重要です。

「薬物依存のある刑務所出所者等の支援に関する地域連携ガイドライン」

こちらも薬物依存者にまつわる保護観察等の内容を理解するうえで参考となる文献です。
【ネット上で取得可能】
 http://www.moj.go.jp/hogo1/soumu/hogo02_00062.html

特集-薬物犯罪(令和2年版犯罪白書)

薬物犯罪の統計や、一部執行猶予の処遇状況等について詳細なデータがあります。
【ネット上で取得可能】
 法務省:令和2年版犯罪白書 (moj.go.jp)

その他-研究・地域支援等

松本俊彦ほか「保護観察の対象となった薬物依存症者のコホート調査システムの開発『Voice:Bridges Project』」(2018年~)

保護観察対象となった薬物事犯者の追跡調査がなされています。
保護観察終了後の支援の必要性、各地の精神保健福祉センターの役割等が示唆されています。

高野歩「薬物問題を抱えた刑務所出所者の援助希求ー『おせっかい』地域支援の可能性」(松本俊彦編『「助けて」が言えないSOSを出さない人に支援者は何ができるか』(2019年、日本評論社)所収)

地域支援の視点からの現状や課題がまとめられています。

弁護士 社会福祉士 宮腰英洋(宮城・仙台)